えのぐ日記

小学校で図画工作専科の教諭をしています。

おすすめの本『子供の世界 子供の造形』松岡宏明著

『子供の世界 子供の造形』松岡宏明 著 三元社

この本は子育てに関わるすべての人の家に、置いておいてほしい。そう思えるくらいの本に出会えた。そう思えるのは、かなり読みやすく、丁寧に語られているからというのもあるし、内容が今まさに私が問題視していることと直結したこともある。

私が一番いいなあ、と思った部分は、

例えばフライドポテトのなかから、「この人がいちばんかっこいい」と形を選んでくれる子供のあるがままの姿を、素敵なことだと思えず、大切にできない大人を、大人全体の問題として丁寧に考えているところだ。

いわゆる子供がすばらしい、子供の絵の美に溺れるというような本でないところも好きだ。子供がどのような世界を感じていて、大人と質的に違うということを踏まえた上で、子供の絵が「芸術」ではなく、「芸術的」であるということをしっかりと書かれている。

私の授業を省みて、ハッとさせられる部分もたくさんあった。

読んだすぐ後に書いたメモを2つ、ここに記録しておこうと思う。

早く終わって「できた!」と言ってきた子に、ここもうちょっとこうしたら?と言ってしまっている。子どもの絵は画面いっぱいにたくさん描き込んでいるものが良い、という固定観念に縛られ、そのように作品を仕向けている。教師の思うような作品にしようとしている。この年代の子は、余白や構図など考えるはずもない、と子どもを下に見過ぎている。または、授業時間いっぱいに活動させなければならないという、子どもの作品とは全く関係のない大人の事情を子どもに押し付けている。これは、反省しなければならない。「できた!」と言ってくれた子には、色々話を聞いて、自分が素直にいいと思ったことを具体的に誉めることが必要だと思った。時間が余るのであれば、その子に時間が余るけどどうする?と委ねてもいいかもしれない。これで完成でもいいし、もしまだ描き足したいところがあれば描いてもいいよ。と。その時に、先生がこの作品をあなたにしか描けないものだと尊重し、この子自身によって作られたかけがえのない作品だと思っていることが伝わっていなければならない。

 

写実期に向かうにつれて、写実的に描きたいという欲求が生まれることは自然なことだ。それを否定すべきではないし、その欲求に応えてあげることも必要だ。なぜなら、写実性を学んだ上で、絵の楽しさや美しさ、写実的に描かれた作品のみが芸術でないということが学べる環境はあるからだ。図式期、前写実期、写実期になるにつれ、没個性的になるのは自然なことだ。誰もが写実にあこがれを持つ。ただ、写実にあこがれを持った後、芸術復活期に移行する子どもは少ない。個人的に私は、写実へのあこがれで終わることは、もったいないと感じてしまう。なぜなら、芸術はそれだけで語れないことを、多くの大人は知っているからだ。幼児期の作品をただ下手な絵として、価値がないものとして扱うような人が、増えてしまう社会はあまりにも悲しい。しかし、だからといって、写実的な作品を描かせず、発想や構想を広げ、深めることのみに限定した作品ばかりを授業で取り上げることは、もしかしたら人間本来の欲求をただ単に逃避しているにすぎないのかもしれない。私はこれまで、出来るだけ絵の上手い下手、つまり写実的かそうでないかの違いが出ない授業の課題を考えていた。だが、子どもにとって、発達の段階によっては、写実的に描きたいという欲求をある程度満たしてあげることも美術教育の役目なのかもしれない。
 

三元社ホームページより(稲賀繁美さんによる書評あり)

http://www.sangensha.co.jp/allbooks/index/420.htm

Amazon

https://www.amazon.co.jp/%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C-%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%AE%E9%80%A0%E5%BD%A2-%E6%9D%BE%E5%B2%A1-%E5%AE%8F%E6%98%8E/dp/4883034208